スポーツコラム Volume.01
 

悠久の古都であり,時代の大きな転換期の舞台になってきた京都。
スポーツの世界でも同様に,さまざまな分野で先駆的な役割を担ってきました。

「魁」,そして「未来」へ

スポーツの魁は,京都市内に点在しています。そのいくつかを紹介しましょう。

旧武徳殿:2016(平成28)年で建立117年になる旧武徳殿は今も京都の武道愛好家にとっての聖地となっている



旧武徳殿は1899(明治32)年,現在の岡崎公園に建てられました。100周年の
1999(平成11)年には,全日本剣道演武大会を機に立派な記念碑を建立,今も武道の聖地です。

第一蹴の地碑が下鴨神社・糺の森にあります。1910(明治43)年,三高生がこの地で初めてラグビーの楕円球を蹴りました。石碑は,その歴史を示しています。翌年,東京・三田で三高と慶応が対戦,これが日本人同士の初のラグビー試合といわれます。

バスケットボールの国内の黎明期は,三条柳馬場の京都YMCAで始まりました。1915(大正4)年,米国生まれのこのスポーツがプレーされたのです。それから100周年を迎えたのを機に,京都バスケットボール協会では同地に記念碑を建てました。

三条大橋:京都:鴨川三条大橋東詰の駅伝発祥の記念碑


駅伝競走が誕生したのは1917(大正6)年でした。鴨川三条大橋を出発し,東京・上野不忍池までの東海道五十三次を3日間で走るレースだったそうです。スタートとゴール地点には,「たすき」をモチーフにした同じデザインの駅伝発祥の記念碑があります。

軟式野球少年増:日本で最初の軟式野球大会が開催された旧成徳中学校には「軟式野球発祥の地」として野球少年像が建つ。



軟式野球は1919(大正8)年,旧成徳中学校で初の大会が開かれました。同校の正門横に記念の野球少年像が立っています。ゴムボールは京都市の文具商,鈴鹿栄さん(野球殿堂)が考案しました。実は,大正4年に全国中等学校優勝野球大会(現全国高校野球選手権)が始まり,京都二中が優勝した結果,京都で少年の野球熱が急速に高まっていたのです。軟式ボールの誕生で野球は一気に普及しました

西京極球場(現わかさスタジアム京都)は1932(昭和7)年に完成し,球史を刻んでいます。

国民体育大会の第1回は1946(昭和21)年,戦後復興の願いと決意を込めて,西京極を主会場に開かれました。

五大都市体育大会(現都市間交流スポーツ大会)は,1950(昭和25)年に横浜,名古屋,京都,大阪,神戸の政令指定都市によって始まりました。スポーツを通して大都市が互いに刺激し合い,発展を誓い合う場になりました。

 そんなスポーツ史の一コマ一コマが,地元京都だけでなく日本のスポーツの発展を支えているのです。そして今,スポーツ基本法によっても大きな広がりを見せようとしています。国内の,世界の頂点を目指すチャンピオンスポーツばかりでなく,健康づくりで親しまれるニュースポーツがあります。その種目を一堂に集めて「ニュースポーツ総合交流大会」を創設,というのも夢ではないでしょう。京都市のスポーツは何かを「創造」するパワーを常に秘めています。

きょうとスポーツ 2016創刊号、P.10,公益財団法人 京都市体育協会)